RJNKの日記

いろいろ興味のあることを書いています。

友達と異性

ずっと前に、

男性は女性の真似をして成長する、

ってことを書いたと思います。

 

その話を、もっと詰めて

書いてみようと思うのですが、

少しまとめるのに時間がかかります。

少しずつ書きためていこうと思います。

 

今日は、最近、女性の友達が、

だんだんできつつある話です。

 

私は、元から友達が多かった

わけではなかったのですが、

 

その数少ない友達も

男性がほとんどで、

女性の友達というのは皆無でした。

 

今みたいな「女性原理主義」みたいな

(再度書いておくと、女性が偉いとか、

女性が正しいとかいう意味じゃありません)

発想になったのは、実は割と最近です。

 

特に若い時は女性恐怖症でした。

 

もちろん、中高6年男子校というのも

大きいと思うんですけど、

きっかけは覚えています。

 

私はJR南鹿児島駅で市電を降りて、

陸橋を少し登って

バスに乗り換えていたんですけど、

 

帰りの時間は、鹿児島女子短大の

学生さんも帰る時間で、

ちょうど逆向きだったんですね。

 

青緑の制服を来た短大生の集団と

いつもすれ違っていたのですが、

 

けっこう多くの短大生が、

私と目を合わさないように

下を向いて歩いたり、

体をさっとそむけて、

感じ悪いな~と思ったんですね。

 

この話を友達にしたら、

私だからじゃなくて、

若い男性だからじゃない、

と言われたんですけど、

もちろんそのことは分かっています。

 

男性を意識して距離を置こうとする

女性が嫌だなぁ、と思って、

逆にこっちも意識するようになって。

その気持ちが根本にありますかね。

 

大学に入った時は、

同級生として女子が入ってきます。

 

私が知っている同級生が女子は

小学生の子供の姿なのに、

目の前の女性は大人の姿で、

とても戸惑いました。

 

どう接すればいいのか

全然わからずに、

友達にはなれませんでした。

 

そういう感じで

年齢を重ねてしまって、

なかなか友達も

できなくなりました。

 

友達がいない、

あるいは少ないと悩む人は

多いです。

 

私は、同性の友達も多くはありませんが、

仲のいいと言える友達がいます。

 

そのことだけで自分への自信もあるし、

今は遠ざかっている友達でも、

話せば友達と言えるラインまでは

仲良くなれると思っているので、

同性のお友達に関しては満足しています。

 

でも、異性と友達がいないのは

コンプレックスになっていました。

 

世の中の半分は女性なのに、

1人も友達がいないのは、

人格に欠陥があるのでは?

という劣等感がありました。

 

昔の、女性恐怖症で、

女性との距離や関係を

ふさわしく築けない、

 

もどかしい自分の影に、

とらわれていたのかも

しれません。

 

女性恐怖症ともう1つ、

私には思うところがありました。

 

子供の時は、

よくかわいいって言われて、

男の子はかわいいじゃなくて

かっこいいだよ~っていう

大人もいたんですけど、

 

私はかわいいって言われると、

すごくうれしいタイプでした。

中学の時まで女子に

間違われることもあったし、

高校でも大学でも

若いって言われて。

 

私は、そのことがうれしかった。

 

でも、24歳くらいの時に、

急にすれ違う人の態度が

冷たくなったな?

って感じはじめました。

 

自分も年をとって

普通の男になったのかな、

と感じました。

 

それから、孤独を

感じるようになりました。

 

自分を満たしていた承認欲求が

満たされなくなって、

女性はナンパとか痴漢のような

嫌なこともあるけど、

求められていいなぁ、

 

男性はお金をもっていないと

人が寄ってこない、

そんな孤独がありました。

 

女性は「愛され性」で

うらやましい、と思いました。

 

よく世間には女性にもてたくて、

イケメンだったらなぁ、

と言っている人がいますけど、

私はあんまり思わなかった。

 

もてすぎるのも

面倒くさいって思ってたのかな。

実際にそうなるかは別問題として。

 

もちろん、お金の力で

人を振り向かせることにも

興味はなくて、虚しいと思いました。

 

私の根本には、

かわいいと言われて

愛されることによって

満たされる承認欲求と、

 

女性の友達がいないのは、

男性は人から愛されないという

劣等感、そして女性の友達が

いる男性もいるけど、

 

自分にいないのは、

自分の人格がどこか足りないから、

という劣等感があります。

 

しかし、世の中を見ると、

友達が異性ばかりで、

同性の友達がいないことで、

劣等感を感じている人の

ほうが多いようです。

 

理由は同じで、

逆に同性の友達がいないのは、

自分が足りないからじゃ?

と思っているのです。

 

さらに悪いことに、他者が、

異性の友達しかいない人は

信用できない、みたいなことを

言い出す人がいて、

 

他人が言うなよ、って

憤る気持ちが私にはあります。

お気の毒です。

 

でも、そこから学ぶこともあって、

異性の友達を作ることは、

そんなに難しいことじゃないんだ、

って思えるようになりました。

 

私の中には、女性に恋をしたり、

私の中で女性原理主義が目覚めて、

男性もまた、女性と同じような

存在なんだ、っていう、

自分が前向きになれる

考えに行き着いて、

 

女性はもはや

全然怖い存在では

なくなりました!

 

女性の友達ができないのも、

自分が穏やかな性格で、

自分から作りにいかないので、

大人はそんなのじゃ

友達ができないと思いました。

 

だから、今はネットで知り合った

人にどんどん声をかけて、

そうしたら、仲良くなれそうです。

 

やっと、承認欲求が満たされた

気分になっています。

 

1つ言っておくと、

恋人は作りにいかないのか、

ということなんですけど。

 

私は恋をしたことが

とても少ないです。

でもそれは私はいいんです。

 

ネットで知り合った男性は、

恋人がいないと寂しくない?

っておっしゃるんですけど、

私はそうじゃない。

承認欲求は友人で満たせる。

 

恋人がいないと

つらいタイプの人は

どんどん恋人を作りにいって、

たぶん、今度こそ、と思うのかな。

 

私は、恋というのは、

キューピッドからの授かり物と

思っています。

自分から作りにいこうとして

できるものじゃなくない?って。

 

それに恋をするとうれしいけど、

反面苦しい物でもあります。

苦しさを乗り越えるのが恋愛。

恋愛とは乗り越えていくこと。

 

だから、作りにいって、

なんとなく、この人のこと好きかな?

って気になったとしても、

いろんなことを乗り越えて

いけるのか、私は疑問です。

 

おそらく、乗り越えられないから

結局、別れてしまうんじゃ?

って思ってます。

 

私は焦りはないです。

理想を言えば、

恋愛というのは一生に1回して、

死ぬまで一緒にいるのが本当。

 

もちろん、

実際はうまくいかなくて、

やっと人生の伴侶を

見つける人がほとんど。

1度ってことはまぁない。

 

だけど理想は1回。

 

そういう考え方なので、

全然恋愛には

ガツガツしていません。

来ないなら無いでもいい。

 

普通の人は、

何歳までに子供がほしいとか、

女性なら特に、

ここで結婚しないと

子供を諦めないといけない、

とか、そういうのもあります。

 

でも私はきょせい男子なので、

全然そんなことは気にしないのです。

そういうこともあって、

結婚や恋愛にこだわらないです。

 

それより、たくさんの女性や男性と

お友達になって承認欲求が

満たされるほうが幸せです。

 

私は折に触れて、

私の中で芽生えた

「女性原理主義」なるものの

話をしていて、

説明も詳しくしていない。

 

だから説明しないといけないなぁ、

って思っています。

少しずつ書きためたいと思います。