RJNKの日記

いろいろ興味のあることを書いています。

霊的聖体拝領

今日はジェンダーに絡む認知の話を

書こうかと思ったんですけど、

書ききれませんでした。

 

なんか度胸が出なくて。

こんなこと書いたら嫌われちゃって、

せっかく来てくれる人が

来なくなっちゃったら嫌だな、とか

思っちゃうんですよね。

 

いろいろ書いてるんですけど、

けっこう精神的にくるんです。

皆様の挙動に一喜一憂しちゃいます。

 

しかし、今日、名古屋高裁

実の娘への性的虐待で無罪がひっくり返って

懲役10年ってのがありましたけど、

本当に腹が立ちましたね。

No violence !!

 

まあ、今日しようと思っていた話は

いずれしようと思います。

例によって独断と偏見ですけど

そういう意見も大事かなって。

 

さて、世界的にCOVID19がパンデミック中で

福岡司教区をはじめ、

日本でもミサの中止が延長されています。

霊的聖体拝領がずいぶん言われています。

 

霊的聖体拝領って、

どういうことかいまいちわかりませんね。

単純に神を求めるということだったら、

それは聖体拝領を認めていない

プロテスタントの信者さんも

していることだし。

 

ここは単純に、霊的にミサに与る、と

解釈することにします。

 

それで、思いだす人がいます。

ザビエルカテドラルで、週日ミサだけ、

毎日夕方に来られる方がいました。

 

とてもいい人で熱心でもあったので、

主日は来ないんですかとか、

洗礼を受けたらいいですよ、とか、

いろいろなお話をしました。

 

そしたら、旦那様が大の宗教嫌いで、

「洗礼を受けるなら

 名字を変えてからにしろ」と

言われている。

 

ミサに行くだけでもすごく怒るから、

仕事帰りにごまかして、

なんとか来ているけど、

日曜日は外出する必要がないから、

来られない、ってことでした。

 

私は夫であっても

人の信教の自由を侵害する横暴は

認められないと思ったし、

 

そんなことで離婚とか言い出すのも

夫婦としてあり得ないって思ったし、

いろいろな意味で

旦那さんに腹を立てました。

 

思わず、洗礼を受けちゃえば、

仕方なく認めてくれるんじゃ

ないですか、と言いました。

 

そしたら、家族は大事だし、

無責任なことはできない、

そこは守らなきゃいけない、って。

 

今思えば、彼女の言うことは

至極正しいし、

バランスもいいと思います。

 

いつからか来なくなっちゃいました。

 

旦那さんにばれちゃったのかな、

って思ったけど、

自分でもういいと思ったのかも

しれないしそこは分かりません。

 

本当に綺麗な信仰心を持っていたので、

あの人が来なくなったのは、

もしかしてばれちゃったんだろうか、

って思ったんです。

 

本当にお気の毒だって思う。

私は信仰の面でいろいろ恵まれていて、

見えざる手に導かれるように

こうなりましたけど、

 

彼女は逆で、

良い心を持ちながら、

厳しい環境に落ちた種で、

芽を出すことができなかった。

 

これは運命ですね。

 

そして今になって思うのは、

良い心を持っていたからこそ、

真剣に家族を大事にして、

教会を自らの意思で諦めたんだって。

 

少なくとも私は、COVID19で

ミサに与れなくなったとしても、

霊的聖体拝領と言うのが

どこかしらじらしいかも

しれないんですけど、

 

ああいう人にはね、

本当に霊的なホスチアを

口の中に差し入れてあげたいって、

それは真剣に思えるんですよね。

 

祝福があらんことを…

 

また、彼女のことを考えたら、

自分は本当に恵まれているんだから、

もっといい信徒になろうよ自分、

っていう気持ちになりますね。

 

また明日からも、

クリスチャンであることを感謝して

人生を一歩一歩歩んでいこう。