RJNKの日記

いろいろ興味のあることを書いています。

【ニュース・ジャーナリズム】宗教と性の問題

これをお読みになっているほとんどの方は、
私のFacebookからお越しだと思うのですが、
ブログはブログで頭から書きます。

パックンのコラムは、いつも面白いのですが、
珍しく、この記事はあまりまとまっていない印象です。

私なりにまとめると、日本の若者もパックンも
同じメンタリティを持っているように感じます。
なんらかの宗教心を持っているけど、
特定の宗教を信仰していない。

そして、日本の若者も、パックンも、同じ矛盾を自覚している。
だけれど、宗教心がない訳じゃないのは、
自覚していたほうがいいんじゃない、
うっかり変な宗教に騙されないためにも、ということですね。

私が今日書きたかったのは、もう数日前でしょうか、
NHKクローズアップ現代プラス」で、
性教育の問題が取り上げられていたのですが…

私の目から見ると、あまりにリベラルな内容に驚愕しました。
番組の方針を非難している、というのとは、ちょっと違います。
なぜなら、生き方は人それぞれの部分があるからです。

性の問題を学校や家庭の中で教えていくことには賛成です。
しかし、見ていると、これが若者の実態なのか…
ショックでした、カルチャーショックというのでしょうね。

若者たちは、家庭の中で普通の性の問題を学べないので、
ポルノ媒体を介して性の勉強をしているのだとか。
さらに、恋人に嫌われたくないので、
望まない性交渉をしているそうです。
このようなことでは、中絶が増えるはずです!

私の信仰しているカトリックでは、
性は生殖のために与えられた神秘と考えています。
避妊も自慰行為も戒律に反する罪と解釈します。
これを、完全に守っている人がどれほどいるか、
分からない部分がありますが、少なくともですね、
私はポルノは悪魔の所業、婚前交渉にも反対です。
本当に、ポルノは悪魔の所業で、大きな罪です。

ここまで読んで、この人は全く考えが違うから、
これ以上読んでも無駄、と思われた方も
いらっしゃるでしょうが、もう少しおつきあいください。
2分だけでもいいですから、冗談じゃなくて。

まず、ポルノは、一種のエンターテインメントのようなもので、
本来の性とは、方向性が明らかに違います。
これを同一視してはいけないというのは、本当に言いたいです。
番組の中で「膣が汚れている」という言葉がありましたが、
心も汚れるのです。何か、痛い思いを味わうと思います。

恋人に嫌われたくない、ということですが、
考えてみてほしいと思います。
性交渉を断ったことで関係が破綻するようなのが愛ですか?
溺れる者は藁をもつかむ、という言葉があります。
藁にすがっても意味がありません。客船に乗るべきです。

偽りの愛は、少し動くと見えなくなってしまいますが、
真実の愛は、太陽のように、どこにいようと見えるのです。
忘れないでください。
偽りの愛に傷つくのではなく、
真実の愛に安住することを求めるべきです。
時間はかかっても、それだけの意味がありますから。

それだけは、どうしても言いたかったのです。