RJNKの日記

いろいろ興味のあることを書いています。

【毒吐き】女に嫉妬する男

こんにちは。

 

今日はお昼もずいぶん過ぎてしまいました。

 

最近は、読者様がずいぶん減っちゃって、

まぁ、こんなだらしない更新してたら

しょうがないのかな、と思います。

 

でも、私の性格だと、

読者様があんまり多いと

プレッシャーに感じてしまって、

 

こんなこと書いたら

リーダーさんを裏切ってしまうかな、

とか考えちゃうんですよね。

 

最近の傾向を見ていると、

なんだかんだいって

毎日ちゃんと更新してれば

読者さんは見てくださるんですね。

 

今日は、人数が少ないから

書くわけではありませんが、

 

人間というのは

時に愚痴を吐きたくなったり

さらに毒を吐きたくなったりします。

 

世の中で神父様とかやってる方は、

誰にも愚痴も毒も吐けないので、

静かにやり過ごしているのでしょうね。

 

私は黙っていると苦しいので…

 

誰も読みたくもないであろうことを

あえて記事にさせていただきます。

 

今日はキリスト教

全く関係がありません。

とても感情の渦巻く

毒々しい内容であります。

 

自分の気持ちを

Facebookで吐き出すのも

自分を下げてしまうと思ったし、

でもどこかで言ってしまいたい。

 

匿名のTwitterでも不適当。

みんなどうしてるのかな?

うんしょうがない、ここに書こう。

 

書くことですっきりしたかったし、

複雑な自分の感情を整理、分析して

みたかったのです。

 

読みたくないわ、という方は

申し訳ありませんが、

また明日おこしください。

本当にすみません…。

 

昨日、とある

人気コスプレーヤーの人に

勝手に感情を爆発させて

しまいました…。

 

なんでそうなったのかというと、

CMでその人を見て、

どんな人なんだろう、と思って

興味を持って調べてみました。

 

そしたら、なんか水着とか、

そうじゃなくても

大胆なファッションの服で、

腕や胸の谷間が露出した

写真がいっぱい出てきました。

 

もっと調べてみたら、

そのコスプレーヤー

コミケで大人気になって、

 

今では2千万3千万の

年収を稼ぎ出してることが

わかりました。

 

私はびっくりして

言葉が出ない感じでした。

 

その後で、もう一度

その人の写真を見ました。

 

強調するように

胸の形が出たり、

シースルーになっている服を

見ていると、

 

なんともいえない

モヤモヤした感情が出てきて、

そして私は…

心の中で叫んでしまいました。

 

○○むかつく!!

体を見せまくって3千万?

吐き気がする!

ああっ… グロテスク!!

 

嫌になって、

ページを閉じてしまいました。

 

なんでそんなことを

考えてしまったのか、

後でゆっくり振り返ってみました。

 

たぶん、最初で肌を出すような

ファッションを見て、

心の中で変な気分が

どこかにあったのだと思います。

異様な服だって。

 

だけど、それだけだったら、

モヤモヤした気持ちを

そっとしまい込んで、

うまく折り合いつけて

終わりだったと思います。

 

そこに、その人が

年収3千万も稼いでいるという

ショッキングな事実で動揺して、

秘めた感情が一気に噴出したの

だろうと思います。

 

変な格好をしてるっていう感情。

肌を見せることで、

私達が必死に働いているのに

その10倍以上の収入を得ている

ある意味、残酷な事実。

 

もちろん、彼女が人気があるのは

肌を見せればいいって話じゃなくて、

コミケの舞台をうまく活用して

戦略的にうまく人気を博したからで、

本人の持つタレント性もあると

思います。戦略勝ちでしょう。

 

だけど、その服のデザインに感じた

違和感というのは、

実は日頃からひそかに

感じている感情でもありました。

 

テレビに出ている女性は服が違う。

男の人はスーツを着ているのに、

女性はとても薄着だったり、

 

ジャケットを羽織っていても

鎖骨が出ていたり、

男性の格好とずいぶん違う。

そのことにモヤモヤが

あったと思います。

 

私は、フォーマルな場面では

男性と女性に求められる服装に

差があるから。

 

人間には本来生物としてある

性差とは別に、

社会に生きる生物としての

「社会的性差」がある、って。

 

それは何も間違った説明じゃないし、

自分を納得させてきた説明でしたが、

心の奥で嫌だって思っている感情は

うまく被われて

自分でもあまり気づかないで

隠れていたのだと思います。

 

ところで、前から記事にしようと

思っていて、私の性別の概念を

説明する感情として、

「女性原理主義」というものが

あります。

 

これは女性優位理論とは違います。

私は男女平等の考えですが、

それとは独立した概念で、

 

人間は人間について考える時、

無意識のうちに

女性を軸に据えて考えている

 

ということです。

 

これだけ書くと、

ずいぶん突拍子もない発想だ、

と面食らってしまうかも

しれません。

 

ですので、いつかちゃんと

具体的に説明したいのですが、

今日の内容が先になっちゃいました。

本当は順番が逆であるべきなのですが。

 

話は戻って、

女性の服装の件ですけど、

男性と女性の服が違うのはおかしい、

という不満の気持ちがどこかあって、

 

それに加えて、

男性とは違う土俵の世界で

私達が努力した10倍以上のお金を稼ぐ。

そのことに感情が揺らいだのです。

 

それは、男性にとって

手が届かない世界であるという

悔しさに似た気持ち。

 

もしかすると、本来は怒りの感情は

社会的性差であったり、

女性全般であったのかもしれません。

 

しかし女性でも地味な人はいるし、

人それぞれで、それなのに

女性むかつくと言ってしまえば

筋違いだし、自分でもひどいと思って

 

目の前の当の本人である

コスプレーヤーの女性1人に

感情を流しこんだのかもしれません。

○○むかつく、って。

グロテスクだ、って。

 

だから、もしかすると、

これってミソジニーって

やつなのかな、と思いました。

 

少なくとも、自分と違う世界で

違うことをしてうまくいくのが

むかつく。グロテスクだ。

それって嫉妬だと思ったんですね。

女に対する男の嫉妬。

 

そういうのってあるのかな、

って思って調べたのですが、

男性は女性が同じ土俵に立てば

ライバルで単なる敵として扱う、

という意見はありましたが、

 

私の感じた嫉妬は

同じ土俵に立てない嫉妬。

理不尽さに対する怒り。

そういう感情だったのだと思います。

 

書いた甲斐がありました。

自分でモヤモヤしていた部分が

つかめた気もします。

 

私の感じた、ミソジニーと呼べるもの

なのかどうかわかりませんが、

一種の女性に対する怒りと、

女性原理主義は相反するものでは

ないかって思って、そのことも

モヤモヤしたものがありました。

 

しかし、同じ所から来ています。

 

今回感じた感情によく似てるのは

一時期さかんだった

女性限定サービスです。

 

女性だけ何かもらって、

自分は何ももらえない

っていうあれです。

 

あれに関しては、

女性原理主義の観点から

自分なりに分析をしていました。

 

男性は女性に似た存在であることに

無意識の自尊心を持っている。

女性限定サービスは、

その自尊心を傷つけるものであるので、

悲しみや絶望を感じる、という考えです。

 

ほんとは時間をかけて

ちゃんと説明すれば、

けっこう理解してもらえるんじゃ、

と思うんですけど、

順番が逆になったので仕方ないです。

 

今回、上に書いた嫉妬の感情。

書き出してみれば、

同じことじゃん、って思います。

 

今は、そのコスプレーヤーに対して

怒りや嫉妬をむき出しにはしていません。

まぁ顔も愛嬌のある顔をしているし、

才能と戦略の力もあると思うし。

まぁ頑張ればいいと思います。

 

男女逆のケースで、職場でヒールの

高いパンプスを強要されるのが

肉体的にも苦痛で、強要は差別って

問題になったことがありましたが…。

 

もちろん私もひどいなって思います。

 

女性であることで、男性にはない

服装や苦痛を「強いる」のは

おかしいという考えです。

 

それを考えてみるならば、

男性は女性と比べると

ファッションの幅が狭いと思いますが、

もっと広くなってもいいと思うし、

 

なんならシースルーだろうが

オフショルだろうが、

それでいいやん、って思います。

 

似合うかどうかは別の観点として

女性だからパンプスじゃないと、

という考えはおかしいし、

 

逆に男性だから足や肩や腹部など

露出してはNGというのも

そりゃ今の社会が勝手に考えたんだろ、

本来の性差じゃないさ、と思います。

 

女性ができる格好は

男性にもする権利がある、という発想は

過激思想とか左巻きっぽいと思う方も

いらっしゃるかもしれませんが、

私にはこの考えがとても心地よいのです。

 

それは、女性を中心に物を考えれば、

男性は無意識に女性に倣って生きる存在で、

またそのことで精神的に成長する、という

女性原理主義に基づくものであり、

 

また同じモヤモヤを逆に社会的性差を

受け入れようとする方向で考えると

思想次第でミソジニーという形に

化けるかもしれません。

 

私は、そういうグロテスクな方向に

考えがいかないためにも、

ジェンダーによる抑圧は

よくないと思います。

 

ここまで書いて、

女性原理主義という私の発想は、

私の考える人類普遍のものなのかな、

 

もしかすると普遍的なのは

単なる男女平等の考えで、

女性原理主義は私のバイアスが

かかったことで生み出された

ものかもしれないと思いました。

 

女性原理主義はどの程度の

普遍性を持つのか?

 

女性の中にボーイフレンドに

女装をさせて喜ぶ人がいることを

考えると、やっぱり女性原理主義

ある程度普遍性があるのではないか?

とは思うんですけど。

 

また女性原理主義について

独立して書いてみたいと思います。

 

書くまでは、言葉にならない

怨念が渦巻いて、どれほど

まがまがしい内容になるのか、

自分でも心配していましたが、

 

終わってみれば

それなりの形にはなってますね。

内容が納得してもらえるのか、は

ちょっとわからないんですけどね。

 

あー、書いてよかった。

スッキリした!